農場主の日常

なんちゃってエンジニアの日常をつらづらと

適応障害で休職まで

 このブログは過去のことをまとめてあとから記載することがほとんど。
 今回は、初めて適応障害の診断を受けて休職したときのことを記載する。

 10月はチームリーダーになって一人でベトナムに出張したり、異動者の面倒を見たり、家族が入院したりとイベントがかなり多かった。今思い返せば、将来に希望が見えない中で無理をしていたんだろう。
 そんな10月の終わりの日曜日。一人で家にいる時にどうしょうもない恐怖感に襲われた。
 次の月曜日。過去に心療内科は受診したことがあったので心療内科に電話をしたら、どこも予約が必要。行きつけの内科で心療内科も行っていたので、そこで診療を受けて安定剤と睡眠導入薬をいただいた。
 そして金曜。何があるというわけではない普通の金曜日。土曜日は出勤だし、日曜日も場合によっては出勤するという状況で、朝の乗り換えのホームで、足がすくんで動けなくなった。家を出る前はいつもの下痢で、変わらなかったけれど、本当に電車が来ても全く乗る気持ちになれなかった。

 そのまま駅を出て、朝でまだ開店していない商業施設のベンチで会社に電話を入れる。数時間そこで、帰る気も、どこかに行く気もしなかった。

商業施設のベンチで考えていたこと


 メモに、当時の記録が残っている。
「頭がふわふわしている。安定剤も残ってる。下痢と軽いめまい。
 これからどうなるんだろ。どうすりゃいいんだろ。思い込んでて本当は元気でサボりたいだけなのか、本当にヤバイのかよく分からない。
 医者に行って診断書もらうことはできる。でもそれをしたら、理性の最後が外れて、ちょっと強めのストレスですぐ休むようになってしまう怖さがある。

 うつ病が再発するときなんてそんな感じも多いんじゃないだろか。このまま我慢して、本当に倒れるまで会社行けばいいのか。今後のことを考えると気分が悪くなる。
 休むことになったとして、罪悪感もひどいんだろうな。だけど、職場で効率悪い、暗い人間がひとりいたら、それも悪影響だろう。こんなに仕事ができないとは思わなかった。」

休職の申し出


 とりあえずその日は先日行った心療内科に行って診断書をもらってきた。適応障害ということ。
 土曜日は出勤をやめて、人が少なくなる日曜日に課長と部長に面談をすることになった。課長、部長はそもそもこの数年、日曜日もほぼ出勤している。管理職ほど忙しい。というか、残業代も組合の影響もない管理職にもしわ寄せがきているという職場。
 心療内科の先生は職場の産業医と相談して休む期間を決めるようにと言われた。こういうのはよくわからない。というか、本当に燃え尽きた感じで、気力を失ってしまった。

休職開始の月曜日


 正確には休職という扱いではなく、有給休暇を使った休養。ただ、長期になると産業医と面談して職場復帰プログラムなるものを行うことになるそうだ。
 現時点ではそこまで頭が回らない。

 母親は入院しているので、簡単な食事と洗濯、久し振りの入浴。それ以外はずっと布団の中。このまま引きこもる恐怖感。仕事のことも浮かんできて、会社に行った方がいいのか見たいな考えがぐるぐる。

 日記とかつけた方が良いらしいので、すこしツイッターに書いてみる。この数か月のツイッターを見返すと、ネガティブな内容ばかり。
 適応障害だと、再発やうつ病に発展することもあるので、3か月程度は休んだ方がいいとか。
 今は自殺とかを考えるまではいかない。ただただ疲れて無気力。二十数年気を張ってた疲れのような。燃え尽き症候群とか、そういうものの方が近いのだろうか。


関連記事[しわ寄せ 休職 休養

前後の記事 - [健康]::タイトル一覧

コメント


コメントはありません。



コメントの追加


トラックバック

このエントリにトラックバックはありません
このトラックバックURLを使ってこの記事にトラックバックを送ることができます。

↑ PAGE TOP